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本稿は安部公房の『けものたちは故郷をめざす』を対象に、読者がテクストから表象された安部の実体験を抑圧していることを論じた.『けものたちは故郷をめざす』は1957年1月に『群像』で連載し、同年4月に講談社より刊行された安部を代表する長編小説である.この小説と安部における植民地での実体験との諸関係を論じた先行論は現在に至って多数ある.しかし、作者の経験は非常に主観的概念であるため、テクストから作者の経験を断定することは、恣意的行為と言える.従って、本稿は先行論とは異なり、不在としての作者の経験と、テクストとの因果性を考察する際に、読者がテクストから表象された作者の実体験を抑圧していることを実証する.まず、『けものたちは故郷をめざす』に見られた久三の故郷に対する決定不可能は、攪乱された意識が内面で維持されている安部の実体験を表象し、『けものたちは故郷をめざす』における作者の経験が単なる体験の回顧から構成されたのではないことを明らかにした.次に、安部の現実体験が多層に表象されたのは中国人作家?蕭軍の作品に影響されたことを論じ、蕭軍の作品との比較を通して、そうしたテクストで表象された蕭軍の植民地体験と関わりながら二次的実体験を作品に投影したことを述べた.最後に、テクストを精読することによって、読者が恣意的解釈を通して、テクストにおける作者の実体験の表象を歪曲しながら、結果的には作者の経験を抑圧していることを論じた.